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2019年01月30日

心理療法における甘えと依存

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精神分析家の故・土居健郎が日本文化は「甘え」の文化であると言ったとき、甘えはネガティブな意味で使われたわけではありませんでした。それから数十年、どういうわけか「甘え」はどちらかというとネガティブな意味を帯びるようになっており、「自己責任」のような、「何が起こっても自分一人でなんとかしなければならない」のような、あり得ない、不可能な要求すら存在してしまっている世の中になっています。





結論から言えば、人は一人で生きていくことはできず(一人で生きているように思っていても、食料、住居など、なんらかの形で人が関わっていないものはありません)、甘えや、ときには依存的なことさえ必要であるのです。





心理療法にいらっしゃる方は、よく甘えや依存はいけない、というように考えています。また、セラピスト(カウンセラー)や、恋人・配偶者などの近しい人に甘えすぎて(依存しすぎて)しまうことを怖れていることも多いです。





しかしこれはなんというか二律背反のようなことで、そうおっしゃる方に限って実は甘えや依存を本質的に必要としていることが多いのです。「甘えてはいけない」「依存してはいけない」とかたくなに思っている限り、その体験は得られず、そこを超えて真に自立していくことも難しくなってしまいます。





もしかしたら「甘え」や「依存」が、いったんそこに落ち込んだら二度と出られない罠のように考えているのかもしれません。そんなことはなく、たとえそう思えなくても心理療法における治療者との関係(の時間)は有限です。いつか、終結というのがやってきます。しかし一方で、終結、別れというのを意識すると、それに関わる不安のため依存的関係にも入りにくいということもあるのでしょう。





本質的な甘えや依存は、人間が乳幼児のときに体験しその後の成長の糧、基盤となるものです。それを体験していないと他人を信頼することや、他人が基本一貫しており期待に応えてくれる、ということを信じて目的を持った行動を取ることが難しくなります。赤ちゃんは母親(か、ほかに世話してくれる人、以後同じ)に抱っこされ、包まれ、完全に身やこころを預けることができ、その中で母親がどんな人なのか? という夢想や現実のやり取りの体験を積み重ねていきます。





ところが、いろいろな事情で、そうした赤ちゃんの時期(か、その後)の「至福の時」を経験できなかったという人も少なくありません。いろいろな理由や類型があると思いますが、

・母親が仕事などで忙しく、最低限のことを除いて赤ちゃんにかまっていられなかった
・忙しくなくとも、こころの余裕や共感力などに乏しく、身体の世話などはするがこころや関係性には思いが至らなかった
・母親がうつや病気などで、赤ちゃんにかまってあげれなかった
・母親が不在だった(一時的な不在や、別居や離婚、死別など)
・ほかの家族(配偶者やほかの子どもなど)の世話や要求のため、十分に赤ちゃんに専念できなかった

などが考えられます。





こうした、人生の初期2,3年での関係が充足していない状態は、一生ついて回り得ます。どこか満たされないまま、つづかない人間関係や自己犠牲的人間関係を繰り返したり、また依存的行動(アルコール、薬物、ギャンブル、買い物、仕事依存、性依存等)を繰り返したりする場合もあります。





長期の心理療法は、セラピスト(カウンセラー)が親になり代わるものではありませんが、こうした満たされない気持ちを満たし、甘えや依存の経験も経て、乳幼児期に十分に得られなかった甘え・依存体験を補うことによって、クライエントがより満たされ自立して生きていけるように援助していくプロセス、ということになります。


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