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2019年07月10日

「観察する自我」と「メタ認知」

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オープンマインドで提供しているのはいわゆるフルの「精神分析」ではなく「精神分析的心理療法」までですが*、毎週来て話すといった、精神分析的な作業をしていったい何が得られるの? という疑問を抱かれる方もいるでしょう。禅ではありませんがある願望や目的を達成するために行うのは「邪道」であると言ってもいいというようなものなのかもしれません。(実際欧米には禅と精神分析を比較したような研究も多いです。)





一つ、「得られるもの」と言えるのは「観察する自我 observing ego」であると言えるでしょう。それは、いかなるときでも自分の中にどのような考えや感情があるのか、自分がどのような状態にあるのかをある程度客観的に把握することのできる能力(自我*の機能)というもので、これを得るには訓練が必要であり、心理療法はその一つの「道」であると言えます。





禅と言いましたが、これは言ってみれば瞑想などにも近く、要は感情や出来事の波に容易に翻弄されなくなるというメリットがあります。結果、冷静でいることができ、いろいろな判断や選択もしやすくなってきます。瞑想と心理療法の大きな違いは、瞑想は考えたことを自分の中で「流して」しまうのに対し、心理療法では対象(セラピスト)に向けて言語化していくのが基本である、という点です。





行動する自分と見る自分、話す自分と見る自分というように、不思議なことに自分の中には「もう一人の自分」がいるのです。常に自分を「観察」している必要もないかもしれませんが、呼び起こしさえすれば自分がどういう状態にあるのかを把握することができるのです。





逆に、自己が一元的でしかない場合、そしてそれが「仕事人間」であるような場合、人は非常にストレスのある状態にあるのではないかと思われます。こころは性質として両極端の間を行ったり来たりし、さまざまな感情的・認知的経験をすることでバランスを保っていると言えます。特に「緊張―弛緩」という軸は重要かと思われますが、たとえばずっと緊張しっぱなし、気晴らしもなければぐちを言える場所もないというような状態では、やはり精神的には参ってしまうでしょう。職場と家庭(プライベート)、仕事と趣味、仕事の人間関係とそうではない友だちなど、いろいろな「場所」を行き来してこそ、こころの健康やバランスを保つことができるのです。`





「メタ認知」という言葉も効いたことがあるかもしれません。これは「認知についての認知」(認知とは、言語活動や考え、思考、イメージなど)ということで、例えばコミュニケーションをしつつコミュニケーションでなにが起こっているかを同時に把握するような能力といった意味合いで使われていることが多いように思います。これも、心理療法で育まれるものではありますが、「認知」と言うとこころや脳の一つの機能というようなイメージであるのに対し、「観察する自我」はこころや人格の一つの部分である(もっと詳しく言えば自我機能の一部)、と言うことができるでしょう。





精神分析や心理療法をはじめるきっかけはいろいろありますが、たいていの場合、なんらかの心理的(身体的、心身症的)症状があるか、または人間関係の悩みがあるかなどではないでしょうか。認知行動療法(CBT)などとは異なり、精神分析的療法や人間学的療法(クライアント中心療法、ゲシュタルト療法、実存主義的療法など)では「症状の完全な治癒」は目指していません。むしろその人の過去から現在に至る状況、また未来への希望や目的意識などを指針としながら、考えていることや感じていること、またセラピストとの関係で表れてくることなどを見て、考えていくのです。そうすることによって「症状」はそのパワーを失い、「自分の人生を生きる」ことがより可能になっていきます。「目標」的なものもなかったところから立ち現れることもあります。対人関係も全般的によくなることが期待されます。





すべてがすべて、このように上手く運ぶとは限りませんが、こういう作業をやってみたい、またははまってしまう人にとってはかけがえのない経験となるでしょう。CBTで症状の改善・解消を目指すのは本質的に違うものがあると言えます。CBTで上手く行かなかった、お仕着せの課題が好きでなかった、しばらくしてまた症状がぶり返してしまったというような場合にも、CBT以外のアプローチを試してみるのはおすすめです。





*注 本格的な「精神分析」は寝椅子(カウチ)を使って最低週3~4回の頻度で行われる。それより回数が少ない(週1,2回以下)またはカウチを使わず、イスで向き合う形のものは「精神分析的心理療法」または「精神分析的精神療法」と呼ばれている(「精神力動的」とも)。





*注 精神分析の創始者フロイトはこころの中に3つの部分を考えた。それは「自我」「超自我」「イド」であり、自我機能が弱いと人はイドの衝動的なエネルギーや超自我の「あるべき」に振り回されてしまうことになる。自我はこの3つの間のバランスを保ち、外界の現実との交渉もする。心理療法のプロセスは自我が育ちきっていない人のこの自我の機能を強化することにあるとも言える。「自我が強い」は、「我が強い」や「わがままである」といった意味ではなく、上記の機能がしっかりしているという意味である。


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