BLOGブログ

2020年06月30日

日常の喜び、日常の文化

ブログ


新型コロナウィルスの流行により、在宅勤務や外出自粛が要請され、活動が制限された日々により、多くの人が日常を見直すようになった、と言われます。今まで「当たり前」と思っていたことが、そんなに「当たり前」ではなかった、ということでしょう。





たとえば何も気にせずスーパーに行き、好きな食材やお弁当などを買える。行きつけのレストランやカフェ、バーなどで一時を楽しむことができる。美術館、博物館、コンサートホール、図書館などの文化施設で、好きなアートや音楽、本、メディアなどに触れることができるといったこと。





一例を挙げれば、私の地元の図書館はしばらく臨時休館をしていました。臨時休館前はいったん予約による貸し出しと返却のみ(閲覧室の利用なし)となり、その後全面休館、臨時休館が終わって再開したときも、まずは予約貸し出し・返却のみ、に戻りました。平均月1くらいでは利用していたと思うので、開いていないと行く場所が一つ減る、という感じでした。





中身としてはもちろん大学院で勉強していたときのようなアカデミックな内容は期待できないのですが、それでも区民がリクエストできる形になっているせいもあってか、かなりマニアックな本も置いてあったりします。いつ行けるようになるのだろう・・・と思い、昨日たまたまHPを見てみたところ、1週間くらい前にすでに再開していたことが分かりました。早速、20分ほどですが空き時間に子どもも連れていきました。





さりげない、大したことをしていない時間でしたが、それでもこういう過ごし方が少しずつ日常を「豊か」で「文化的」にして行くのだな~と、あらためて感じた一時でした。





話は変わりますが理想主義的で、よりダイナミックで華麗なものを求める人がいます。それはそれで人の好みなのでいいのですが、そういう場や状況に身を置けているのでなければ、それが手に入るときは幸せ、手に入らないときは不幸せ、のようになってしまいがちです。心理学(対象関係論)で「スプリッティング」という構造に近いものがあるかと思いますが、日常や中程度のものに満足することがなく、白か黒かになりやすい性格と言えます。理想が高いために到達するのも一苦労となってしまいます。





日々の中で退屈や空虚を感じたとき、退屈からそのままうつ的な状態に移行してしまうのでなく、それをなにかで満たしていく能力があるのは重要なことです。過去にトラウマを受けた人が、「空っぽ」や「感じない」状態を体験しつづけることもあります。やはりいろいろな刺激や文化があった上で、自分に合ったものを選んでいけること、それができることが好ましいのだと思います。


オープンマインド

CONTACT

お問い合わせ

ご予約・お問い合わせはこちら

お問い合わせフォーム

お電話でのお問い合わせはこちら

080-2065-4357