2019年12月17日

令和のはじまりの年の最後に思う

今年は5月に新天皇が即位され、「令和」という新元号が制定されましたね。今年の小学生が選ぶ10大ニュースでも、「新天皇即位・新元号」はトップに選ばれていたようでした。みなさんも大なり小なり、気分一新されたのではないでしょうか。元号が変わるのは昭和→平成でもあったはずなのですが、当時はあまり関心がなかったのかもしれません。

新元号とか、天皇の退位・即位といったことはあまり意識していなかったのですが、今年はどういうわけか日本や日本人のルーツに導かれた年となりました。3月、ヴェトナムに行くはずだったのがあるミスが発覚して急きょキャンセル、代わりにどこに行こう? と思ったときに、なぜか出雲地方(島根県)を選びました。直前でバタバタと手配、しかし合計5日間もあったので、島根県の東半分ほどをゆっくり見ることができました。

島根県には、出雲大社に祀られているオオクニヌシが国を作って、それを譲ったという、いわゆる国譲りの話が残っています。戦後、いったんはそれがただの「神話」として否定されたところから、実際強大な王国があったという証拠となる遺跡が発掘されたり、古代の出雲大社を支えていた巨大な3本柱が発掘されたりで、「古代出雲王国はあった」と歴史が塗り替えらることになりました。あの梅原猛氏も、以前はそれを否定していたところから、あらためて調査の上、80代で出雲神話を実話として検証した本を著されています。

ゴールデンウィークには、3月以来の古代への興味の流れをもっと意識していて、「大和朝廷」のあった奈良に行きました。数十年ぶりだったでしょうか。関西の方には身近なんでしょうが、関東からだとやはりわざわざ出かけていく感じです。大仏建立の話などもすごいドラマで、前年たまたま読んでいたために、あらためてすごいな~と感心して戻ってきました。さすがにマイ古代ブームに疲れてきた感はありましたが(笑)、8月にもかろうじて淡路島から船で10分のところにある、沼島(ぬしま)を訪ねました。この島は、イザナギ・イアザミが国生みをしたときに、かきまぜた棒から落ちたしずくでできた、まさにその土地だと言われており、両神を祀った小さな素朴な神社もあるところです。

・・・などなどと書いてくると、「この人右翼なのでは?」と誤解されそうな気がしています。私は洋の東西を問わず歴史が好きですし、ルーツは大切だと思っていますし、事実・史実はあきらかになるべきだとも思っています。(それは心理療法における、個人についても同じです。)オオクニヌシが国を作って譲った上、永遠に籠もって表舞台に出ないことになり、その代わり祀られ、かつ忘れられたり嘘っぱちだと思われたりしてきたのは実にかわいそうな話だと思いました。

どちらかと言うとかなりリベラルだと思うのですが(職業上そうなります)、グローバル、ダイバーシティといった大きな流れがあるからこそ、アイデンティティの維持のためにもルーツや個々の文化も重要になってくるのだと思っています。