トラウマ・PTSD
2023年07月22日

繰り返すトラウマ・被害にどう対処するか

以前、このブログ上でジャニーズ事務所における集団の性的虐待について書きました。そのときも書いたように、当然「仕事」という、人が日々の糧を得るためにするもので、環境としては安全でなければならないところで起こったことという意味では、許されないことです。

が、それだけではなく(今回の件で該当する被害者の方がいるかは分かりませんが)、こうした被害に遭う人はその前にも被害歴(家庭内での性的虐待など)を持っている場合も少なくはありません。なぜならば、性的被害というのはそもそも自分と他人の間の境界が尊重されず、いわば消失した状態で起こり、また子どもの世界観にはまだ「性」というコンセプトがないため、なにが起こっているか理解することができないからです。そのため(文脈がないため)、また多くは恐怖のために、起こったことを報告したり、言語化したりすることは教育のある大人にとっても非常に難しく、いわば熟練を要するプロセスとなってしまいます。

恐怖も多くは解離されていることが多く、それだけでも大変なことですが、加えて残酷にも「人に言ったら殺す」(や、大切な人を傷つける)などの「脅し」がされている場合も少なくはありません。

以前の加害者が、「目隠し」として後で起こった加害(被害者側から見れば被害)を強く糾弾するということもあり得ます。(たとえば最初に家庭であったのに、その後の学校で起こったことの加害者を糾弾するなど。)

現実には、こうした事実関係を明らかにしたり、記憶を確認したりするのは並大抵のことではありません。記憶は多く抑圧(無意識下に保持され、主体的に思い出せない状態)されていたり、解離(記憶がいくつかの部分に分解され、本人が意識しない形で保持されている場合)されていたりするからです。被害の記憶やそれにまつわる感情は被害者のタイミングや心情をリスペクトした上、信頼できる関係(セラピストとの関係など)を構築した上、ゆっくりとしか進められません。たとえば、裁判など司法関係のために、無理に記憶を掘り起こそうとすると二次加害となってしまう怖れがあり、避けるべきことです。

トラウマから回復するプロセスを「たまねぎ」にたとえた人もいました。要は一皮剝くと、その下からまた別のトラウマ(や、そうした状況)が表れることもよくある、と言った意味です。圧倒されてしまうため、すべてを一度に扱うことはできませんし、また、一つのトラウマ的出来事でも、時間をかけてプロセスしていく必要があります。

不思議なことですが、トラウマには「繰り返す」(「反復強迫」と言いますが)性質があるため、いったん被害に遭った人は、また同じような状況を探し出すようにして被害に遭ってしまう、という傾向があります。繰り返すのはマスターするため、とも言われます。好むと好まざると関わらず、性に関わる仕事をしていたり、あるいは自分が望まないような相手との恋愛関係に入ったりもしやすいことが知られています。こうした傾向をなくしていくには、安全な環境でこうした傾向がある、ということを徐々に悟り、行動や選択のパターンを変えていくしかないと言えます。

性的虐待サバイバーやトラウマのある人の心理療法をする臨床家の責務は、こうした「繰り返し」をまたトラウマになるような形で繰り返させず、それを認識・察知して関わり方を変えていくということにあります。こうしたセラピーは臨床心理士や公認心理師、あるいは精神科医などの資格を持っていさえすればできるというものではなく、経験や訓練、熟練を要するものだと言えます。

ここまで書いた後で、政府が男性・男の子の被害者のためと、仕事のセッティングで被害を受けた場合の電話相談を新設するというニュースを見ました。とりあえず電話相談を設営すればいいと思っているらしく、たしかに何かがあったときに誰かに聞いてもらえるかどうかは、大きな違いとはなるかと思います。しかし多くの場合、被害があったときにはそこからの回復(心理療法やカウンセリング)はそれなりの時間を要するもので、そうしたケアを受けると受けないとではその後がかなり違ってきてしまいます。勇気がいることではありますが、多くの人にぜひ泣き寝入りをせず、ケアを受ける一歩を踏み出していただきたいものです。