トラウマ・PTSD
2024年09月01日

男性の性的虐待被害者の回復のためのグループのセミナーに参加して

昨日は、オンラインで開催された男性被害者のためのセラピー(心理療法)グループについてのセミナーに参加していました。主宰は京都精神分析心理療法研究所(KIPP)、招かれたのはニューヨークの精神分析家、リチャード・ガードナー博士でした。

ガードナー博士はこの分野の第一人者で、Betrayed as Boys(邦題『少年への性的虐待』)という著作その他で知られています。精神分析インスティテュートにおける精神分析家でもおられます。

私も学んだニューヨークでは、実に心理療法が盛んであり、精神分析インスティテュート(研究所、精神分析家を養成するとともに、精神分析的治療を提供し、研究活動もする)が数多くあります。世界でもこのような都市はあまり多くはありません。ある種の人たちにとっては精神分析的治療を受けることは常識のようになっており、嫌々やるという人もいるでしょうが、むしろ進んでやる人も少なくないかと思います。それは自己理解につながり、今後の家庭生活やキャリアなどに長い目で見ればプラスとなると考えられるからです。

ガードナー博士は長年個人療法と並行して、男性の性的虐待被害者のためのグループを主宰されてきました。昨日はこのグループについてのセミナーで、2時間という限られた時間だったため、彼が考えたのはグループメンバーに(許可を取った上で)グループの体験やプロセスについて語ってもらったものを中心に構成してプレゼンをするというものでした。グループメンバーの「生の声」が伝わってくるような内容でした。

世間的にも、また専門家の間でさえ誤解(や無知)があるのですが、思っているより子どもの性的虐待というのは多いものです。児童相談所などによる具体的な報告例の数値はありますが、タブー性が高く、またさまざまな理由で報告されることはむしろ稀なので(加害者が経済的ななどパワーを持っている場合が多い、子どもは(大人でさえ)体験をうまく語ることができない、記憶が「ない」場合も多い、周囲が起こっていると疑っても追求しない、など)、多くの例が水面下に留まってしまうのです。

日本のシステムでは子どもの被害であれば福祉的な分野で扱われており、他方大人のサバイバーも多数存在し、その人たちがどのような内的な苦労や苦悩を抱えているかは、あまり知られていません。そもそも働けていることがバロメーターになっているような社会ですから、そこが「問題があるなし」の基準になっているように感じます。いわゆる精神障害の人たちも虐待された経験のある人が多いかと思いますが、一見「問題がない」ように見える大人たちの中にも、実はサバイバーは少なからずいます。

子どもと大人のメンタルヘルスの問題がつながって考えられていないというのは、日本に限らないですが(診断基準なども十分に連続性があるとは言えず、これは専門家が別々であるせいも大きいかと思います)、日本では特に制度的に切り離されてしまっているのでは、と思います。

日本の職場では、休憩や休暇もはじめ、セルフケアのための時間が「サボり」のように見なされてしまう悪しき伝統があります。それを考えればセラピー(心理療法)も同列に考えられてしまうのでは、と思います。

もしそれが純粋に健康(メンタルヘルス)の問題であり、「症状」を減らすかなくすためであればまだしも、それは最低限の時間で行われるべきであり、人によりアプローチやかかる時間は違うにも関わらず、だらだらと長い間かかるとしればそれはやはり「無駄」や「サボり」と見なされてしまうのではないでしょうか。

しかもそれが仕方なくやるような「仕事」的なものでなく、パーソナルであり、かつリワードも感じるとしたら、なおさら周囲はやるなと言うかもしれません。嘆かわしいことです。

そのようなメンタルヘルスの土壌では、特に今回のセミナーで扱われたような、子ども時代の虐待体験を想起したり、プロセスしていったりすることは難しくなると言わなければなりません。たっぷりとした時間とスペースや、信頼を構築して維持することが不可欠だからです。つまりは、社会やシステム自体がそれをブロックするような形で組まれてしまっているとも、言えると思います。(これについては今月タイで行われるジェンダー&セクシュアリティの国際学会で発表する予定です。)

特にガードナー博士のグループはグループ単体ではなく、メンバーそれぞれが個別に個人セラピーも並行して受けているため、週1のグループの他に、最低週1の個人療法セッションをしているということになるかと思います。虐待体験を扱い始めるとさまざまな難しい感情が浮上するとともに、その他語りたいこと・話し合いたいことはいっぱい出てくるため、「スペース」が必要なのです。

昨年も男性被害についてのブログを書いていました。旧ジャニーズの件はたしかにこの問題に光を当てるきっかけとなっており、こうしたセミナーの開催始め、以前からですが刑法の改正、その他の市民運動にもつながっているように見えます(もちろんすべてを把握している訳ではないですが)。被害者・サバイバーの人たちが適切なケアを受けられるとともに、残念ながらまだまだ専門家の間でも、認知や理解が十分に進んでいないというように痛感しています。ただカウンセリングやセラピーができるというだけでなく、それ以上のものを要求される分野であるために、そうした理解や教育、訓練になるべく早く手がつけられる必要があるとあらためて思っています。

今回はセミナー直後ということで男性被害について書いてきましたが、おそらくもちろん女性の被害者・サバイバーの人たちの方がはるかに多いのではないかと思うのです。どちらが重要とか重要でないとかはありません。男性被害に光が当たることも重要ですが、それが女性を押しのけるような形になってしまっては元も子もないと思います。「私一人くらい」ではなく、一人の人が回復していくことが、多くの人のより苦しみの少ない、充実した人生へとつながっていきます。