トラウマ・PTSD
2023年08月03日

法廷で証言してPTSDの症状が引き起こされたら?

最近の裁判で、性被害について証言していた被害者(原告)が、法廷で倒れてしまい搬送されたというニュースがありました。これを聞いたときの私の反応は、ろくろく被害をプロセスしてもいない(だろう)人に、証言を得るためとは言えなんとひどいことをするのだろう、というものでした。被害が回想、またはアクセスされるときに解離(感情や記憶の一部、あるいは身体感覚などが分離されて体験される、あるいはブロックされるなどの現象)が起こることは大いにあり得ますが、倒れるとか、意識を失うといった状態は「望ましい」ものの真逆で、要は病理(メンタルヘルスの状態の悪化)を促進させているように思われたからです。解離はもっとささいな、熟練した観察者にしか分からないような状態で起こることも多いですが、倒れたり意識を失ったりするということは、回想されている体験が本人(の意識)にとってまさしく「耐えがたい」ものであることを意味しているでしょう。

裁判という場の性質上、必要なことであっても、被害者が法廷に立つ場合、自分の被害経験を微に入り細に穿って、しかも公衆の面前で、加害者もいる中で話さなければならない状況に置かれます。事前準備はしてくると思いますが、質問もされます。これはどう考えてもストレスフルなことです。通常、心理療法などに被害者の方が来られたときには、こちら(セラピスト)からいきなり何があったのかの内容や詳しいところは聞きません。そのように回想することで、二次被害(secondary traumatization)(再トラウマ化、retraumatization)が起こる可能性が高いからですし、「権威」と考えられがちな治療者側からそのような働きかけをすることも、治療者側からの加害のように受け取られかねないからです。。「再体験reexperiencing」というのはPTSD(心的外傷後トラウマ障害)の症状の一つとして挙げられています。被害に遭った直後の、警察による事情聴取などでも心ないやり方をすると二次被害を引き起こすことが知られています。そのため、被害者が女性(で加害者が男性)であれば女性が事情を聞く、事務的・機械的に聞くだけでなく共感しながら聞く、といったアプローチが必要とされています。

このようなことから、心理療法では時間がかかってもきっちり関係形成をし、この人は信頼して話せる相手だというところまで来てから、トラウマや被害がらみの詳しい話をしプロセスをしていくことによって、解消を図っていきます。

思うに(こうしたノウハウはトラウマ治療やトラウマに関わる訴訟の盛んなアメリカなどにあるかと思うのですが・・・)、通常の法廷のスピードで被害者に証言を求めるのは、無理かと思われます。上記のように 「再トラウマ化」の怖れがあり、一度それが法廷で起きてしまうと、場所や状況のイメージが入ってしまうため、再び法廷に立つのでさえ非常な恐怖・不安を伴うと思われます。なにより、被害者本人のメンタルヘルスのためにはならないと思います。事前に人前で話せるだけの準備(心理療法的・心理的介入的な)をした上で、ある程度の平常心を持って望めれば、だいぶいいのではないかと思われます。

もちろん、治療(心理療法など)を優先することで、もし訴訟にしたり法廷に持っていかないとしたら、悪事をした加害者は野放しとなり、白黒は付けられず、正義は行われないということになってしまいます。ただでさえ日本では性加害(被害者から見れば性被害)や性的虐待は見過ごされ、被害者の一笑をほぼ台無しにしたような人が自由に、場合によっては楽しく成功して生きているというようなことが許されてきました。罪は認識され、償われなければなりませんが、そのために被害者が必要以上に痛い思いや辛い思いをするのは(すでに被害を受けているために)どうなのだろう、と深く疑問を持たざるを得ません。司法にそのような柔軟性があるのか分かりませんが、心理的支援なども活用し、関係者のウェルビーイングを確保した上で物事が行われてほしいものだと思いました。(その場にいて話を聞く側でも、共感しすぎて聞くことにより「代理的トラウマ化vicarious traumatization」が起こりえます。)