2023年09月09日

なぜ「見て見ぬふり」をしてしまうのか?~「傍観者効果」とは

またまたジャニーズ問題で失礼します。多くの人が、そういうことが起こっているとなんとなく聞いていた、知っていたのになぜなにもしなかったのか、ということを言っている人たちがいます。

これには心理学の専門用語があり、「傍観者効果 bystander effect」と呼ばれています。この言葉が出てきたのは第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ下で起こったホロコーストに関連してでした。当時、多くの人は列車で運ばれる人たちがどこに、なんのために運ばれるのか、強制収容所の壁の向こう側でどんなことが起こっているのか、なんとなく知っていたと言います。

しかし、ユダヤ人のみならずユダヤ人に味方したドイツ人やほかの国籍の人も同じように囚われの身となってしました。そうした運命を怖れ、また自分にはどうにもできないという無力感・絶望感から、告発しなかった、見て見ぬふりをした、と言われています。

相手にパワー、特に軍事力などがあると、人はなおさらこうした選択(あるいは不選択、不作為)をするようになります。規模は違いますが、会社や学校、家庭などもっと身近な場所でもほぼ同じ仕組みが働くと言えるでしょう。

ヨーロッパにおける戦後の罪悪感はすごく、そのためにこうした研究が進められてきたという側面があります。ユダヤ人が心理学に強いということもあり、ホロコーストに関連する研究も数多くなされてきています。

またこれには、見かけほど単純ではない、心理的・臨床的なメカニズムの作用が含まれていると思います。

人間の「注意」(意識を向けること)は、実はこころの内側から外側に向かって起こることだと言われています。つまりは、見たいものは見るが、見たくないものは見ない、ということになっています。(聞く事その他についても基本同様。)

たとえば勉強などでなにかを覚える必要があるとき、しっかり注意を向けられれば記憶に残りやすく、一方でなんとなく嫌だな~と半端な注意を向けるとその分残りにくくなります。

注意にはこのような特性があるため、世界は自己イメージや、自分が考え感じている通りにしか、見えてこないものなのです。ネガティブな考えに囚われてしまった人が、なかなかそこから抜け出せないのもそのためです。その人の目から見ると、周りではやはりネガティブなものしか起こっていないように見えるのが現実だからです。

特に虐待が絡むようなストレスが高くタブー性があるような状況では、「選択的不注意 selective inattention」という、アメリカの精神分析家・サリヴァンが言ったような状況が生じやすいと言えます。「見て見ぬふりをする」と言うと、「見ている」のが前提に聞こえますが、それよりもっと深刻で言ってみれば「見ている・知っている自分が意識している・行動が取れる自分に接続されていない」というような状態(解離)も考えられるかと思います。

虐待的な関係においては、「加害者」「被害者」「傍観者」が生じると言います。これは、家族などにおいてもそうですが、主に治療の対象となる被害者のなかにも、そうした別々の部分が(解離した状態で)存在していることも多いと言います。そのため、心理療法などの治療関係において、それぞれの人(クライアントと治療者)がそれぞれの部分(役割)を演じるようなことが再現されると言います。私の経験でも、やはりたとえば「先生ー生徒」的な、固着した関係性のままでは作業や回復が進みにくいという傾向があるように思います。やり取りはあるのですが、決まり切った安全なところで行われ、それ以上の探求や探索がない、といった状況です。

セラピストがあまりに黙ってしまっていると、クライアントは自分の苦しみに対してなにもしてくれない・反応してくれないと捉え、ネグレクト(無視、放置)的状況が繰り返されていると感知し、また傷ついたり、無力感・絶望感に苛まされます。近年「ただ黙って聞いている」というよりは、よりやり取りが多い「関係的」と呼ばれるアプローチが注目を浴びているのも、そのためもあるのです。

虐待サバイバーの大人の心理療法の場合は、たとえ虐待関係などが過去のものになってしまっていても、内的(心理的)にはそこに囚われてしまっていて、成長できない、自分の目標や夢に向かっていこうとすると邪魔が入る、のようになりがちです。それは内的な障害なのですが、それを乗り越えていけるように助けていくのが心理療法の行うことの一つであると言えます。

今回の、ジャニーズ事務所の件についても外側(外野、外部)から見れば、「どうしてそんなあり得ないことが起こっていたのに、放っておいたんだ! 誰かが気づいてなんとかできたはずだろう」と思うかもしれません。しかし、内部にいてもし自分の情熱や生活がそこにかかっていたらどうでしょうか。(これは、ジャニーズ事務所の運営やあり方が良かったと言っているわけではありません。)「加害者」がほかならぬボスだったとしたら?

これは、虐待やハラスメントなどが多く孕んでいる、根本的な問題なのです。家庭内においても、仮に夫が横暴(DVや児童虐待をするなど)であったとしても、なかなかそれを通告・報告したり、状況を変えたりすることはできないものです。それというのも、加害者にはだいたいにおいて「パワー」があり(腕力や経済力など)、それを使って支配・コントロールする状況になってしまっているからです。

こうなると、被害者(や、その周りにいる人)は、ほかに生活の方法や糧がないために、そこに留まるしかなくなってしまいます。こういった理由から、外部からあれこれ言うのは簡単でも、実際にその中に囚われてしまった人にとっては、なかなかどうにもならない、ということになります。

日本において指摘されているような、女性の方が働き方や経済面で圧倒的に不利であるという状況は、このような理由で、間接的にDVや虐待を維持するファクターとして作用してしまっていると言えます。やはり、早急に改善されなければならない問題だと思います。