トラウマ・PTSD
2023年09月18日

複雑性PTSDとは?

最近、複雑性PTSDというのがよく聞かれるようになったかと思います。これはなんなのか? と思ってらっしゃる方もいるでしょう。 そもそもPTSDというのは、トラウマ(心的外傷を生みうる出来事)に遭遇した後から(P=Post、後)出てくる症状を言います。そのトラウマを想起させる状況を回避したり、トラウマに関わるイメージや考えが侵入してきたり、あるいはいつも身構えてしまうような、過緊張などを症状とします。「後」なのは、受けた比較的直後にすぐ症状が現れるASD(急性トラウマ障害、自閉性スペクトラム障害と同じ略字ですが、別物です)と区別するためでもあります。 症状があるだけではなく(ほかの「障害」についてもですが)、それにより日常生活や学校・職業生活に支障を来していることが「診断」の基準となってきます。(「診断」がつくほどでなくても、もちろん心理的なアプローチは可能です。) PTSDというのはなかなか息の長いもので、トラウマを受けてから何十年も経ってから出現することもあります(late-onset PTSD)。 ごく単純なものであれば、一つのトラウマ的な出来事に対する反応としてのPTSDなのですが、PTSDに苦しむ人たちには、単一でなく、いくつものトラウマが重なっていることにより苦しんでいる人たちもいます。 複雑性PTSDとはそのようなもので、性的虐待についての研究と治療を重ね、その著書『トラウマと回復』がもはや古典的となったジュディス・ハーマンにより提唱されました。たとえば虐待を受けて育った人の場合、1回だけの虐待エピソードというのはおそらく稀です。身体的虐待と性的虐待が両方あったり、そこから来る自己評価の低さなどのために学校でいじめを受けたり、等々、悪いことが悪いことを呼ぶかのように積み重なってしまっているのです。 が、同時にそうした人たちには抵抗力や生き抜く力もあり、レジリアンスと呼ばれたり、あるいは解離というメカニズム(こころの機能)などを使って、生き延びてきていることもよくあります。解離というのは、本来まとまっているはずのこころのさまざまな機能(感情、思考、行動、自己イメージ等)が離れていたりバラバラになってしまっていたりすることです。重症な場合、一つの出来事についての違う感情・反応・記憶が別々の部分として「格納」されている場合もあります。(いわゆる「解離性同一性障害」というのに近い形です。) このように文字通り複雑で重層的な複雑性PTSDですが、心理療法やカウンセリングではどのようにアプローチしていくのでしょうか? 基本的には、セラピスト側から「掘り起こす」ようなアプローチをすることでかえって傷になってしまいますから、クライアント側から出してくるものに合わせていく、という形になります。優しく、温かく接し、その瞬間瞬間の気持ちに共感していきます。「壁」のようにただ聞いているセラピストはサバイバーにとってはまたネグレクトされていると感じ、傷ついたり再トラウマ化(二次トラウマとも)となったりする怖れがあります。 セラピスト側は、あらゆるトラウマの可能性に対しオープンであることが理想ではありますが、セラピストも人間であるため、自分にとって理解しやすいものや、馴染みのあるもの、あまりそうでもないものと、それぞれのトラウマの種類やその影響について、ある程度違う距離を持っていることがふつうかと思います。 これは、クライアント側でも置かれた状況(現在の仕事、家族、人間関係、居住地など)等により、距離が変わってくると言えるかと思います。この2人の間での相互作用(interplay)が起こっていく訳です。ですから、違う人に対しまったく同じアプローチ、プロセスになるということはありません。それぞれについてユニークであり、クリエイティブなプロセスであると言えるでしょう。 人によっても違いますが、触れることのできる、つまり話すことのできる範囲を広げていき、それに伴う感情をプロセスしていきますが、当然傷が深かったり、あるいは発達上(年齢上)早いものの方が到達しにくいと言えるでしょう。同じような出来事・体験であっても年齢(発達段階)により影響は同じではなく、また人によっても違います。 このような「進め方」というのはあるにはあるのですが、心理療法の関係やセッションでは偶発的な出来事も完全にブロックできるわけではないので、そうした刺激がきっかけとなり、ある体験や出来事が語られる、ということもあります。そうなるとまた内部の構造は変わっていくと言えるでしょう。 ただ話を聞いていくだけではなく、その人が自分でも気持ちに気づいたり、対処したり、感情調節ができるようにとしていきます。いわゆる「自我」を強化していくわけです。この両輪によって、クライアントはだんだんと自立して自分でできることが増えていくようになるとともに、コントロール感(自己効力感)を得、トラウマの支配から脱していくようになります。 (複雑性PTSD、解離性障害などいろいろな呼び名があって混乱しますが、これは別々のグループの研究者・治療者たちにより研究や臨床が進められてきたためです。)