トラウマ・PTSD
2023年10月28日

日本で十分に認知されていない、性的虐待サバイバーの心理療法

最近は日本でも、以前に比べ性被害・性的虐待に対する認知が多少上がってきていると感じます。コロナ前からだったかと思うのですが、性的虐待の被害についての訴訟がニュースとなったり、最近では被害者が抵抗しないといけないという、ナンセンスな刑法がやっと改正されたりと、遅ればせながら「あるべき」方向へ向かってはいるという印象があります。

しかしながら、性的虐待サバイバー(子どもの頃に性的虐待を受けた人)の心理療法については、まだまだほとんど知られていないのではないかと思います。そのため、心理療法やカウンセリングを受けるというよりは、(ごく一部の人ではありますが)法的手段に訴える、つまり訴訟を起こすということが多いように見えます。

もちろん悪は悪と判定してもらい、犯罪を犯した人が正当に罰されるのは、社会の「掟」であり、それにより社会の安定や安心感が保たれるというのが法律や刑法の「仕組み」です(いろいろな議論があるかと思いますが、ここでは本筋ではないので割愛します。)刑法改正により、「悪い者は悪い」と、ちゃんと認めてもらったようには思います。

しかし、訴訟のプロセス自体は冷たく、事務的な法廷つまり「公」の場で、ごくプライベートなことを証言しなければならないという、いわば拷問のような場に私には思われます。しかも疑いや否定が投げかけられ、繰り返し議論がされるという場です。いわゆる「二次被害」(トラウマの記憶・体験について否定や心ない扱いを受け、それがまたトラウマとなってしまうこと)も当然にして起こるでしょう。

また、大人になってから(またはある程度の年齢、思春期など)に受けた被害が、さらに昔の被害・虐待をベースとしている(以前被害を受けているので解離するようになっているため、等)場合もあります。

対して心理療法はプライベートなものです。居心地の良い個室で行われ、それぞれの方のペースに合わせて、進んでいきます。通常は不安やうつなどの症状があればその症状への対処・改善、感情面や人間関係の安定化を図った上で、過去に起こったことや現在直面している人間関係や仕事などの問題についても、並行して話していきます。決まったことを話していくというよりは、むしろ自由に話題の間を行き来できた方がいいのです。もちろん「守秘義務」がありますので、聞いたことは口外しません。

このように、アプローチは可能なのですが、性的虐待サバイバーやそれに伴う解離の症状の心理療法は、そんなに「生やさしい」ものではないのも事実です。信頼やコミットメント、粘り強さが必要ですし、現実感を持ちつつ、記憶なのかファンタジーなのか? 行ったり来たりしつつ見極めていくプロセスと同時に、日常生活や仕事なども、できればちゃんと送っていけるようにしていく必要があります。

サバイバーの人はたいてい、子どもの頃から「周囲に迷惑をかけずとりあえず普段の生活は送る」ということをしてきています。それが後年、破綻を来してしまうこともあるのですが、心理療法においては、心理療法に来られ続ける限り、同じようにだいたいの場合生活を保ちつつ(むしろ向上したりゴールを目指したりしつつ)、作業を進められる場合が多いという感触です。ただし無理をしているところは緩めていかないとならないですし、また感情に目を向けられるようになる必要もあります。

以前からこのようなセラピーに携わっている臨床家の方々もおられますが、まだまだ足りないのではないでしょうか。回復には時間や根気を要する一方、被害だけはあっという間に起こってしまい得るというようなミスマッチもあります。限界はありますが、アメリカで時間をかけ学んだ体験・ノウハウ・知見とその後の経験を、必要とされている方たちに届けるのをミッションと感じています。