2018年10月09日

メンタルヘルスとは何か、歴史から見たとき

今度あるところでワークショップをすることになり、その際「メンタルヘルスとは何か?」
というお題をいただきました。
これはけっこう大きなお題です。もちろん直訳すれば「メンタルヘルス」=「こころの健康」
なわけですが、ではどうしてこころの健康が問題となってくるのでしょう?

心と身体は一体だった
そもそも、西洋医学ということで考えれば、心身は一体不可分だったところからデカルト
が「心身二元論」を唱えました。こころと身体は別物と考えて良い、というものです。
こうして、こころはそこで起こっていることを観察することができる「デカルト的劇場」
となる一方、身体の面ではそれまで禁忌とされていた外科手術が可能となりました。
外科手術等を行う西洋近代医学は、いわば精神科(や臨床心理)とセットであると
言うことができます。
外科手術は、あたかも車のように人体を扱い、壊れているパーツを取り出したり、取り替えたり
します。それで身体が良くなったとしても、外科手術という過程からこころはまったく
影響を受けないわけではありません。本来的には「やりっぱなし」はまずいのです。
西洋医学に対し漢方やアーユルヴェーダといった東洋医学では、基本心身を渾然一体と
扱ってきたと言えます。ただしそこには気やプラーナといった、病につながったり
調子の良し悪しを左右するエネルギーの流れというのが考えられていました。

身体症状とその心因性の発見
デカルトは18世紀の人でしたが、19世紀後半になると近代精神医学の基礎となる
流れが出てきます。その一つが心理療法の最初の形を提供した精神分析です。
精神分析の父と言われるフロイトですが、その最初の症例は彼の同僚・ブロイアーが
治療を担当した「アンナ・O」と言われる有名な症例です。
ヴィクトリア朝の堅苦しいモラルの中で、彼女は咳などを主体とする症状を患って
いましたが、こころに思い浮かぶままに話をする(のち「自由連想法」と呼ばれる
精神分析の手法の元となるものです)ことで症状が軽快していくことを発見し、
この方法を「お話療法」と名付けたのでした。
こうした経験と、それ以前から暗示によって身体的な症状が現れたり消失したり
することが知られていたことによって、たとえ症状が身体的なものであっても、
それが精神的な原因(心因)に拠っている場合もある、ということが知られる
ようになりました。
これは精神医学や心理療法を考える上で大きな一歩である一方、いまだに社会的にも
そうした「心因」を信じない風潮も存在しており、こころと身体の不思議なつながりを
考えることの難しさや面白さや示唆してくれます。

戦争とそのトラウマ
20世紀に、世界は2度の大戦を経験しました。その一つ目、すでに第一次世界大戦
のときに、兵士が戦闘の結果ショック症状を呈することがあることが知られてきました。
ちょうど戦争に飛行機や爆弾などが登場した時期でもありました。こうした症状は
第二次世界大戦、およびヴェトナム戦争などでも知られるようになるPTSD(心的外傷後
ストレス障害)に相当するものでした。特に米国では臨床心理学の発達は第二次世界
大戦後のPTSDとも関係が深いと言われています。

ジェンダーや社会的立場とメンタルヘルスの関係
戦争・戦闘によるPTSDがどちらかというと男性側のPTSDであるとすれば、女性の
間で比較的よく経験されるのが悲しいながら性的被害等によるPTSDです。虐待や
ハラスメントなどは複雑な現象であり、一概に論じることはできませんが
パワーの差(力関係)によって起こると言われています。つまり、一般的に
言って男性より女性、大人より子どもが立場が弱く、「水が低きに流れる」
がごとくに、ストレスは暴力や不当な扱いとして「下へ」受け渡されていく、
と考えることができます。
1970年代のフェミニズムの台頭により、女性の被害体験やその結果としての
メンタルヘルスの問題や、その治療法が注目を浴びるようになってきました。
単に治療というだけでなく、予防のためには、女性の社会的地位の改善が
必要であるため、そうした動きも活性化しました。

PTSD中心の話となりましたが、PTSDやトラウマとその他の精神障害(うつ、
不安症、統合失調症など)は関連が深いものです。ここで挙げた戦争や戦闘、
性被害などの「出来事的な」トラウマでなくても、うまく機能していない
親子関係や夫婦関係、家庭などの人間関係の慢性的な問題も、関係性のトラウマ
としてこころの問題を引き起こすとされています。

冒頭の質問に戻って、なぜこころの健康が問題になってくるかと言うと、
それは上に書いたようにこころの健康は身体の健康と密接な関係があり、
こころの問題を放置しておくと身体の健康にもダメージを与えかねないから
というのが一つの答えです。もう一つは、こころの問題が世代を超えて、
次世代へ受け渡されていってしまう(世代間トラウマ)という性質があることです。
最悪、メンタルの問題のために「お家断絶」ともなりかねないのです。

相当ダイジェスト版の精神医学(臨床心理学)史のようになってしまいましたが、
さまざまな自然災害やハラスメント・虐待など人間関係におけるトラウマ、
また職場のストレスや生産性などが注目される中、メンタルヘルスは個人や
その集まりである集団や社会がより健康的に機能していくためにも、欠かせない
考え方となっていると言えるでしょう。