多くの人はカウンセリングや心理療法は「ことばにより行われる」と思っていらっしゃる
のではないでしょうか。
単純な答えとしては、そうでもあり、そうでもなくもあります。
そうでもある点については、ことばによるやりとり、対話で行われるということ。そうでも
ない点については、ことばの背後にある含みや感情、背景や事情なども考慮に入れられる
ということ。ことばの「内容」そのものというより、意味や、どう言われたか、どういう
トーンだったか(感情的な側面)も重視される、ということがあります。
そのため、クライエント側や、またカウンセラー側が、ことばに必ずしもよらない、例えば
音楽やダンス、絵画などに通じていることは、助けになることがあります。
私は特に小学生~中学生くらいのお子さんや、発達障害(自閉症スペクトラム障害など)が
あるお子さんであまりことばでやりとりできない場合は、描画などを多用しています。
絵を描くと、いっしょに目で見ているものが助けになるのか、それについて会話が成立する
ようになるからです。
ことばはまた、育ちとの関連も深いです。
子どもがことばを話すようになるのは、(主に)親から山のようなことばを浴びせかけられる
からです。そして不思議と子どもはことばを口にするようになり、しまいには文として
しゃべるようになります。
これだけ「山のように」浴びせかけられるのに、それがどういう気持ちなり含みなりで
言われたかが、無関係だということがあるでしょうか? もちろん、親子関係はことばだけ
ではないのですが、ことばのやりとりも、親子関係の形成の上で大切な役割を担っています。
ときどきクライエントさんで、自分のことを「頑固だから・・・」「自意識過剰だから・・・」
のように、「変えられない性質だから、仕方ない」のように話されることがあります。
実際、そうした性質は事実だとは思われるのですが、事実であり変えがたい以上に、どうやら
本人がそう思い込んでおり、場合によってはそれが親から繰り返し行われた「レッテル貼り」
に由来しているようなのです。
なかなか言うことを聞かない、というときに「頑固」と決めつけてしまえば、単に言うことを
聞かず多少融通が効かない以上に「頑固」にすらなり得ます。親の方も子どもを「頑固者」
としか見れなくなってしまうので、関係性やお互いの行動を変えていくのはますます難しく
なってしまいます。
このように、ことばはおそろしくも「縛る力」を所有してしまうこともあります。
ということもありカウンセリング・心理療法では、そうした自分について信じているイメージ・
信念について、「本当にそうか?」とチャレンジしていくこともあります。そうでないような
点が出てきたら変わっていくことができるようになります。
こうした、ことばが自分や関係性を規定していくということもですが、家からより広い世界
(社会)に出て行く際、ことばをどう使うか? 使えるかはやはり差となってきます。
小学校低学年くらいのお子さんが、よく学校から帰ってきて、「お母さん、あのね~」と
やっているというのがありますが(最近共働き家庭が増え、こうした光景も珍しくなりつつ
あるのかもしれませんが・・・)、ことばには「それが起こったとき目の前にいなかった人に、
違う場所で起こったことを伝える」という重要な機能があります。ニュースや報道なども
そうですし、私たちが歴史について多少なりとも知ることができるのも、先人がそれを
いろいろな形で書き残してくれているからです。
子どもが「あのね~」と来るその中身は、小さな「ニュース」であり「歴史」であることも
たしかです。
子どもから「あのね~」と来てくれる、あるいは親が「今日学校どうだったの?」と聞く、
そうしたコミュニケーションによって2つの世界をつなぐことができます。学校で起こる
ことはだいたい他愛のないことかもしれませんが、子どもが遭遇するちょっとしたつまずき
(学習面、友だちとのつきあい、先生とのことなど)に、なんとなくでも目がかけられて
いるのと、まったく「放置」で子どもがすべて自分で対処したり、がまんしたりして
いかなければならないのとでは、やはり差があります。
ましてや大きなトラブルに見舞われたとき、こうした信頼関係やコミュニケーションの
パイプが育っていなければ、効果的に話すことも難しいでしょう。
これは親子のみならず、夫婦、職場、友だち関係・・・など、いろいろな人間関係に
ある程度言えることです。「くだらない会話」は時間のムダ、つまらないという人も
いますが、他愛のない会話は人間関係の潤滑油みたいなもので、そうやって良好な人間
関係を保っておけば、なにかのときにまた頼りにすることもできるのだと思います。
子どもの場合、特に気になることや悩みをなかなかことばにすることができず、モジモジ
していたり、いつもとなんだか様子が違う・・・ということがあります。その場合、
気づいた親や先生などは直感を信じて、「どうしたの・・・?」とやさしく聞いてみる
ことが必要なのではないでしょうか。
悩みを打ち明けたり、相談することもまたスキルであり、どうやって口にしたら、ことばに
したらいいか分からない・・・ということは大人でもあります。「どこから話したら」
というのはクライエントさんがよく口にされることばですが、どこからでも。問題が
こんがらがっていると、それだけどこから話したらいいのかも分からない、ということが
あるかと思います。前述のようにあまり「あのね~」的なことをせずに育ってきて大人に
なった場合、まずそれを学んでいく必要もでてきます。家庭や職場で起こった出来事などを
話してもらうと、その人がふだん何をどう考え、どう感じて対処しているか(いないか、
できないか)も明らかになり、それぞれの「空間」でいかに効果的に対処して、生きていく
かについて話をして、学んでいくことになるのです。
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