2018年12月05日

人生のストーリーと心理療法

「自伝的記憶」って聞いたことがありますか?
認知心理学で記憶にはいろいろな種類がありますが、自伝的記憶とは、「自分は何者か?」
に関わる記憶です。すなわち、自己紹介しようとすると「私はどこどこ出身で、兄弟は何人で、
どこどこの学校へ行って、部活は・・・で・・・」といった具合に「話(ストーリー)」が
出てきますよね?

また、今年の夏の旅行について話してください、と言えば、夏に行った旅先の立ち寄った
場所、起こった出来事などを話してくれるでしょう。
こうしたものが自伝的記憶です。

自伝的記憶の中で、特に長期に渡り「保存」されるようなものは、体験してすぐ「長期」
となるよりは「これを自分の思い出に参入しよう!」のように、半年~1年くらいして
から確定されるようです。ですので、いま年末ということで今年1年を振り返るに当たっても、
多分みなさんは無意識に「これは取っておこう、これはどうでもいいや」のような
「振り分け作業」をしているのではないかと思われます。

実は2015年に書き上げた博士論文で自伝的記憶を扱ったこともあり、いまだに関心を
持っている分野ではあります。

さて、話がなかなか心理療法に行きませんが(笑)、心理療法では目標を立てたり先の
ことを聞くこともありますが、特に心理的な症状(うつや不安など)がある場合には、
どうしても過去のことを聞くことが多くなります。最近職場や家庭で経験していることから、
子どもの頃や育つ過程で経験してこころに残っていること、などです。

その際、例えばですが「小学生の頃いじめに遭った」などと言う人がいます。そして、
ほぼそれで終わりだったりするのです。たしかに、ネガティブな思い出は語るのも
つらいというのがありますが、それ以前にそもそも語り(ストーリー、ナラティブ)が
確立していないことも少なくありません。そうすると「いじめに遭った」という短い
フレーズの中には、様々な思い(感情)や人間関係などが埋め込まれてしまっている
のです。

それを解き放って、ストーリーを作っていくことがいわば心理療法の一つの作業で
あると言えます。過去のことが感情や関係性の理解を伴って語れれば、現在の状況に
ついても語れますし、逆もまた真なりです。

いつ、どこで、誰が、どうしたといった要素がハッキリしていないと、ストーリーと
しては十分成り立たないでしょう。実際、難しい記憶(たとえば虐待や犯罪がらみの
ことなど)は混沌としていることもあり、記憶間違い(錯誤)があったり、あるいは
その場にいた人たち一人一人違ったように記憶していることすらあります。「視点」
が違うからです。

想像していただければ分かるかと思うのですが、もし自分が何者で、どんなことを
してきたかまったく、あるいはある程度分からなくなってしまっていたら、誰かと
関わったとしてもどういう話をしていいかもきっと分からないでしょう。それくらい
こうした記憶やアイデンティティは大切なものなのです。

心理療法でのストーリー作りは単独でやるものではなく、セラピストとの共同作業と
なります。感情はものによっては独力では向かいがたいものですし、関係性も助けが
あった方が明確になりやすいでしょう。セラピストはセラピスト側からの余計な干渉を
できるだけ減らすようにしながら(「こういうことがあったでしょう?」的な暗示など
はご法度です)、その構築を助けていく形になります。

自伝的記憶についてもう一つ言えることは、自伝的記憶=自分は何者か(アイデンティティ)
ということです。つまり、記憶を整理していくことによって、自分が誰かもハッキリする
という側面があります。そして、それがハッキリすれば、先の目標なども立てやすい、
ということになります。

典型的には、一カ所に留まるというよりはあちこち引っ越したりして暮らしてきた場合、
人生の流れというかがよく分からなくなっている場合もあります。そうした場合
(海外から帰国された方など)、違う場所での体験をより合わせるようにしていくことで、
より明確なストーリー・ラインが立ち現れると言えるでしょう。
移動が少なく、比較的一カ所にいたという方でも記憶の手がかりになるような出来事が
少なかったり、家族の中であまり言語化しないような環境だと、ストーリーは混沌と
してしまっていることが多いのではないでしょうか。

個人的には、認知症などもこの「整理されていない記憶」と関係が深いのでは、と
思っているのですが、その辺は不勉強で十分知りません。